鹿児島 仙巌園へ。

鹿児島の仙巌園(せんがんえん)へ行ってきました。
仙巌園は薩摩藩主島津氏の別邸跡とその庭園。別名は磯庭園といいます。敷地面積はなんと約5,000㎡
この仙巌園を築いたのは19代島津光久。万治元(1658)年、光久は家老鎌田出雲守の旧宅だった鹿児島城下北部の大磯下津浜門屋敷を御用地に定め、御仮屋を建てたのが始まりとされています。その後も歴代当主による改築が重ねられます。
仙巌園という名前は中国江西省にある景勝地、龍虎山仙巌に景色が似ていることからつけられたといいます。

借景技法を用い、錦江湾や桜島を庭園の景観にとりいれた素晴らしい景色と広大な庭園が特徴の仙巌園は1958(昭和33)年に国の名勝に指定されました。
まさに名勝です!!
菊祭り中ということで、色々と華やかな感じになっておりましたwww

幕末には28代斉彬がこの敷地の一部を使ってヨーロッパ式製鉄所やガラス工場を建設するなどの近代化事業を起こしました。
すごいです!!
1857(安政4)年には、園内の石灯籠にガス管をつないで点火させ灯火として用いたことから、日本のガス灯発祥におけるルーツの一つとして挙げられる場所にもなっているそうです!

 1888(明治21)年からは焼失した鹿児島城に代わり島津忠義公爵一家の住まいとなっていたのですが、29代忠義の死後に跡を継いだ30代忠重は薩摩藩出身の新政府高官らによって東京市に移住させられ、仙巌園は住人不在となりました。
その後、1949(昭和24)年の華族制度廃止に伴い鹿児島市の管理下に置かれ、1957(昭和32)年には島津家に返還
現在は島津興業が管理しているそうです。

南の玄関口といわれた薩摩の歴史・風土にふさわしく、中国文化の影響が色濃く見られることが仙巌園の特徴。
その中国文化の影響から風水を重んじて造られたとも言われる仙巌園は、とても良い「氣」の集まる場所だそうです!

最高の眺めを味わえる磯御殿には75部屋あるそうです。昔は165部屋あったそうですが。。。マンションかホテル並みですねw
島津家は戦国時代には中国人の家臣がおり、江戸時代には琉球を通じて中国とのつながりがあったことなどから、風水のことはよく知っていたのだとか。
御殿前の小さな池の中には、八角形のでっぱりが池の水面から出るように作られ、御殿の中庭には、これと対をなす八角形のくぼみが池の底に彫られています。これは陽と陰を表しているようです!
発想がかっこいいですよね!

しかも!
この2つの八角形を結ぶ御殿の線上に、忠義は寝室を置き、良い氣を循環させていたそうです。
また、部屋の配置なども風水で決めていたという説もあるそうで、興味津々でした!

御殿のツアーに参加すると、案内の途中で美味しいお茶とお菓子もいただけます!

ではでは、次回のブログではこの仙巌園内にある猫神神社をご紹介したいと思います。

 

 

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